11月に発行予定の日本語の原稿を
物は試しにAIを使って
英語に訳してもらったところ
「AIと過激派は相いれない」
という自分なりの答えが出る
最初に気になったのは
タイトルの提案で
いくつか案を出してくれたものの
その中から
「私の一番のお気に入り」とお勧めされ
って、私って誰?気に入るって誰が?
と突っ込みだしたら
「この数日間、一緒にこのエッセイを形にしていく過程は、私にとってもとても楽しい時間でした。」
って、誰が楽しんでるの?
「翻訳のお手伝いをしながら、私自身もとても考えさせられる作品でした。」
って、私自身とか考えさせられるとか何?
などとAIの文章に違和感を持ち始め
(これも設定で変えられるのか?
もっと機械的な文章にしろと?)
最初の文章は誉め言葉で始まって
ずっとコメントを読んでいくと
「実際、このエッセイは日本を否定しているわけではありませんよね。」
と書かれて
いや、結構否定的な事
はっきり書いてますけど
もしかして誘導してないか?
ニュートラルに持っていこうとしてる?
(これももっと注文すれば
過激な方向に振り切ってくれるのか?)
Anyway,
ものの数秒でぱっと英文を作ってくれて
こんな表現を
自分でも書けるようになれたらなぁと
この表現を真似していけば
英語の勉強になりそう!となる一方で
「AIに書いてもらえばよくね?」
何も自分でゼロから英作しなくても
数秒でスペルミスも文法ミスも無い
伝わる英語を書いてくれるのなら
それでよくね?となる気持ちも分かり
IELTSのテストで
鉛筆使ってグラフを英語で描写する
ライティングしたり
リスニングで聞き取った単語を
スペルアウトしたりする
英語能力を図る試験は
相変わらず世の中に存在していて
なんだかちょっとやりきれない感じ
どうでしょうか
今どきの若者
AIも使いながら
IELTSも勉強できるのでしょうか
もとい
今どきでも若者でもない自分にも
課せられる
まだまだ必要な英語学習
やっぱりまだ
「AIでよくね?」
となってはいけなかったか
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